磯で調査をしていると、よく声をかけられる。それはたいていこういった質問で始まる。
「何をしているんですか?」
「何を採っているんですか?」
それで、必ず行き着く質問が
「それは食べられるんですか?」
といったものである。どうやら“水棲動物=食べ物”という図式が成り立っているようだ(と書いていたら最近のコラムにもサルパを「ひやしてつるんとくったらうまそう」という記述が、、、森さんごめんなさい)。私はカニが専門なので、「カニを採ってるんです」と言うと十中八九、判で押したように「それは食べられるんですか?」という質問が返ってくる。食べたことなんてないから真実のほどはわからないけれど、根こそぎ持って帰られちゃたまらないので「食べても死にはしませんけど、おいしくないですよ」と答えると、さっきまでフレンドリーだったのに急に残念そうな表情になって立ち去っていくのである。
研究を始めて間もない頃は、“話しかけてくる人=私の研究に興味を持ってくれる人”と勝手に勘違いして、こんな研究をしてるんです!と張り切って説明をしていたこともあったけれど、おいしくないとわかると急に興味を失っていく人々の態度に気づいてからは、「おいしくない」ことは早いうちに会話に出すことにした。期待と失望のギャップは小さい方がいいでしょ、お互い。(なんだか恋愛の話をしているようだなぁ、、、)
なのに、おいしくないですよ、の言葉にもひるまず、一匹くれと言ってきた人がいた。調査に使うものなのでと断ると、「自分で採るから、せめて持って帰るためのビニール袋をくれ」とせがんできた。おいしくないことを自分の舌で確認しなければ納得できないたちなのか、それとも本当はおいしいからこの人は嘘をついているのではないかと疑っているのか、いずれにせよ好奇心旺盛な人なんだなぁと感心半分、あきれ半分でその人の背中を見送った覚えがある。
たぶんこういう人が 「探偵ナイトスクープ」というテレビ番組に「○○(一般的には食用と認識されていない物)を食べてみたい」と依頼を送ったりするのだろう。「ドブガイはまずいやろ、、、」「アメフラシは昔食べてみたけど舌に残る味やったで、、、」などと貝の研究者である夫とゴチャゴチャ言いながらこの番組を見たりするのだが、時たま予想に反してイケる味になったりするのが面白い。
現在「食べるのに向いているもの」とか「毒のあるもの」とか「珍味」とか「毒があるものだけど、無毒化して食べられるもの(フグの卵巣のぬか漬けとか)」とかがわかっているのは、太古から受け継がれるこういった人たちのチャレンジ精神に支えられているところが多分にあると思う。その恩恵にあずかっている自分はきっと感謝しなくちゃいけない。
というわけで、「それは食べられるんですか?」にまつわる悩みは海の生物を研究してる人間にとって宿命だな、、、と思っていたら、他にも同じような境遇の研究者がいた。キノコの研究者だ。観察会なぞを開くと名前よりも先に
「これ毒キノコですか?」
「このキノコ食べられますか?」
と訊かれて苦笑するそうな。
そういえば、ずいぶん昔のことだけれど、絶滅しかかっていたアホウドリを復活させたことで有名な長谷川博さんの講演を聴きに行ったら、最後の質疑応答でお年寄りが堂々と手を挙げて「大変ためになる講義を誠にありがとうございます」と深々と頭を下げたあと、言ったことを思い出した。「ところで、アホウドリは食べられますか」。
訂正。この質問は生き物の種類をどうやら問わないらしい。
(生き物リスト)
・サルパ(これだけ書いておいてこんなことを言うのもなんだが、確かにこれはわらびもちみたいでおいしそうだ)
「サルパの浮遊」(データ番号: momo080508us01b)
・アメフラシ(「研究者たるもの、研究対象はまず食ってみるべし」というポリシーのもと、この仲間の貝を食べて腹痛になった先輩がいた)
「アメフラシの移動」(データ番号: momo040410ak01b)
・ドブガイ(探偵ナイトスクープによると、臭くて調理が難しいようだ)
「ドブガイによるニッポンバラタナゴの卵の吐き出し」(データ番号: momo051008aw01b)
・アホウドリ(日本のアホウドリの近縁種。長谷川さんはなんて答えたか今はもう思い出せない)
「ガラパゴスアホウドリの求愛ディスプレイ」(データ番号: momo061130pi01b)佐藤路子(大阪市立自然史博外来研究員)
2008-08-03